ぐうたらのひとしずく

ぐうたら村と保育園を行ったり来たり ぐうたら村子どもキャンプ編

神谷裕子
【ぐうたら村子どもキャンプ2019】
投稿日:2019年9月9日

八ヶ岳南麓に移住して、13年目を迎えます。私は、週の多くを保育園で過ごし、週に一日、保育園にほど近いぐうたら村で、野良仕事に汗を流しています。

そのような私が、この夏開催されたぐうたら村子どもキャンプに関わることから、閃いたことがあります。

主体的に動き出す環境があるということ

① 日常から離れた仕掛け「洗い場」

子どもキャンプに登場したぐうたら村食堂の洗い場は、普段の暮らしとは少々異なります。洗剤を使わずに、排水を使い、予備洗いします。

第一の洗いは、排水を溜めた桶で、付着物を洗い落とします。第二の洗いは、お湯が入ったたらいでスポンジを使います。第三の洗いは、たらいに汲み置いた水で、すすぎ洗いをします。一工程ずつ、三段階に分けて、食器を洗います。手早い人は、ちゃっちゃと三つのたらいを通過します。たらいの水で手を遊ばせながら、時々洗いに向かう子どももあります。それぞれのリズムで洗っていく姿は、穏やかです。

この水はどこからやってくるのか…

どこへ流れ、どうなっていくのか…

日常から離れた小さな仕掛けを前に、普段の動きを止めてみると、そのギャップからか何か感じるものが生まれてくるように思います。手をかざせば蛇口から一様に出てくる水が、この国に生まれ育つ今の私たちにはごく当たり前であること、当たり前ではない環境でも、工夫を効かせてみると、シンプルさと簡便さが際立って、一風変わったおもしろいことに思えてくることがあります。暗闇に、ヘッドライトを灯しながら、この洗い場を体験した子どもたちは、次の洗いの場面で、予備洗い前に付着物を落とすヘラが登場しても、自然に使いこなし、洗い進み、南側に広がる薪積みを使った食器干し場に流れていきました。時々、ぐうたら村にある雨水タンクから水をいただいてみると、私の心がピクンと動き出します。雨水は、烏骨鶏たちの命を支える水となり、野良仕事や竃でのごはんづくりで使った道具を洗い、掘り立て野菜の土を洗い流すことに大いに役立ちます。

晴天が続けば、タンクはいずれ空になります。空のタンクの蛇口をひねり、一滴の雨水もない瞬間に出合うことがあります。あれ?出ない?さてどうしようか。立ち止まり、はじまることがあります。ぐうたら村食堂式洗い場は、子どもたちのおもしろそうをノックして、その先に繋がり深まっていく仕掛けであるように感じました。

一日目夜の振り返りの時間、カレーの水分量が多かったことが話題になりました。この失敗をどう考え、どうしていくのかが学びにつながっていく、この気づきをいただいて、一日目が終わりました。

そして、二日目。朝ごはんです。

②「ホッとするサンドウィッチ」を竃で焼くまでを組み立てる

一日目夜、再確認したキーワード「主体的」な学びが子どもたちの暮らしのなかで、どう起こっていくのか、私の頭から離れずにいました。

子どもたちがテントから起き出して、アゴラに集まりはじめます。普段の暮らしのとおり、私がオペレーションを組み立てようとしましたが、何かが私のなかで引っかかり、近くにいた中学生に相談を持ちかけました。

一年生にもホットサンドが焼けるように、材料やホットサンドメーカーをわかりやすく置きたいのだけれど、そこをみんなでやってみないかと。

すると、子どもたちは互いに話しはじめ、台の上のツナやチーズ、パン、道具を動かしはじめました。動きをイメージして、それぞれを配置した後、本番さながら動いてみます。メーカーに具材を挟み、竃の直火で焼くのみとなりました。

そこへ大人から声がかかりました。

「焼いてみたら」

子どもたちは、火にかざし、数秒後に、火から離します。まだまだ早すぎます。

「開けてみたら」

何の変化もありません。子どもたちは、再び、火にかざします。そうして、開けてみます。繰り返して、200数えた頃、パンは美味しい焼き色になりました。

子どもたちは、たまたま相談を持ちかけられ、「ホットサンドを焼く」が現実味を帯び、我がごとになりました。子どもたちは考えはじめ、対話し、試行錯誤がはじまりました。自主的と主体的の間で、ホットサンドを焼くまでを体験した子どもたちは、自分たちなりに組み立てたことを、たどたどしく言葉を繋ぎながら、子どもたちに説明しました。この場面が、大人の側だけのものにはならず、子どもたちが与えられ、受け取るだけではなく、自分たちの朝ごはんづくりをやってごらんと放り出されるのでもなく、子どもと大人が共に試行に向かう群があって、その周辺で、自分のリズムで朝を迎え、朝ごはんに向かっていく子どもたちがいる、それがごくごく自然であったことが、私の中に心地よい余韻を残して、二日目がはじまっていきました。

学びと暮らしは繋がっている

二日目、ぐうたら村食堂最後の夜ごはん。

学びが暮らしに繋がって、ごく自然に「働く」が生まれる時間がありました。

一日目夕ごはんづくりで、手慣れた手つきで包丁を使い、野菜切りを担う六年生がいました。彼女は、二日目まるごと使い、五寸釘ナイフづくりに没頭しました。

スコーレ「ぐ」クラスの人たちは、ある程度までナイフを研ぐと、ぐうたら村食堂の調理台あたりにやって来て、プチトマトや小石ほどのじゃがいもを相手に、切れ味を試していました。

中には、精魂込めて叩き、研いだナイフが、どれほど切れるのかを試したい気持ちと、試し切りをしたらすぐに石ころで研がずにいたら、たちまち錆をよぶため、切っては研ぎを繰り返す姿がありました。そうはいっても、自分のナイフはどこまで切れるのか試してみたい気持ちは、膨らんでいくようでした。

夜ごはんづくりの時、私は、思い切ってお誘いしてみました。
ナイフで野菜切りをしませんかと。

まずはじゃがいも。さくさく切れます。

続いてタマネギ。皮を剥き、根を落とし、ザクザク切れます。直径10センチ長さ30センチのズッキーニを、縦に切り、横に切り、銀杏型に切っていきます。

刃渡り4センチほどの五寸釘ナイフは、まるで包丁を使っているように、大柄なズッキーニをシャクシャク切り進みます。

もうひとりは、五年生。野菜を切るたびに、まな板横に置いた平らな部分が大きい石で、研いでは切る、研いでは切るを繰り返します。小慣れた手つきで研ぐ様は職人のようで、たっぷり一日をかけてもなお研ぎ続ける人に、ぐうっと惹きつけられる私がいました。

暮らしと学びを行ったり来たり

ぐうたら村子どもキャンプを振り返ると、私のなかに沸き上がる感覚がありました。それは、「暮らしはおもしろい」というものです。なぜ暮らしはおもしろいのでしょう。

そのヒントが「スコーレ」にありました。各クラスのカリキュラムで、子どもたちが関係する対象は、火、鉄、太陽、木、石といった自然物、現象です。そして、どのカリキュラムにおいても、目の前で起きている対象に、五感を研ぎ澄ませ、観察し、やってみて、修正する、という関わりが、自ずと生まれていました。そこを自分のペースで、対話をするように繰り返していくうちに、失敗や手応えを内なる自分に刻みながら対象に迫っていく、それが「おもしろい」の核心にあるからではないか、そう閃いたのです。

原ひろ子さんは、その著『子どもの文化人類学』の中で、カナダ北西部で生活しているヘヤー・インディアンいう狩猟採集民といっしょに暮らした野外調査を回想し、こう結びます。「1960年代の初期に私が接した「自分で覚える」ヘヤー・インディアンの個人個人が、大人も子どもも、それぞれ、自信にみち、生き生きしていたことが忘れられません。彼らは、自分自身で主体的にまわりの世界と接し、自分の世界を自分で築く喜びを知っている美しさを持っていました。(中略)そのためには、「よく観て」、「自分でやってみる」という時間が必要です。そしておとなの側に、それを待ってやるゆとりが必要であるように思われます。」

「Life 暮らしは生きることそのものである」、これは汐見村長の言葉です。
学びは生きることに繋がります。生きることに繋っていく営みが、学びなのです。そもそも学びは、表層的に、短絡的に、そして一見効率的に、一方的に教えられるようなものではないのです。

まなざしを習得すること

小西貴士さんは、『発達159 特集自然と子ども』の中で、「たとえば、ノラニンジンという野に咲く花を、ただ花として認識するだけではなく、また、色や形に惹かれるばかりでなく、またその薬効や毒成分に惹かれるばかりでもなく、また周囲の多様な生命との関係に惹かれるばかりでなく、そのノラニンジンの花が開花前にキアゲハの幼虫に食べられる様をこの目で見ることで、「生命」や「生きる」「育ち」「育て」ということについて思考することを誘うのがインタープリテーションです。もう少し言えば、表層的に「こんな花だ」「この幼虫に食べられた」と認識して終わるのではなく、その花やその様子を通して、様々なものへの認識を深めるということです。それは、別の言い方をすれば、「まなざしを習得する」と言い換えることができるかもしれません。」と述べています。

私は、身の丈にあった暮らしの中で、主体的に周囲と関係し、多面的な体験をし、反芻したり、修練することは、「まなざしを習得する」ためのプロセスなのだと思うに至りました。たとえば、竃で起こす火を、様々な方法で火起こしするだけでなく、暖をとるだけでもなく、煮炊きや鍛治に必要とするだけでなく、750万年前の人類誕生に遡り、人類の暮らしの営みに火が登場し、何をもたらしたのかという問いから人類史に繋がり、エネルギーや環境、SDGsへ向かうまなざしを習得する、その入り口に誘うことが、子どもたちとともにこの時代を生き、未来を手渡す者として、保育・教育の現場で強く意識していきたい、仲間たちと対話し、体験を重ねて、共感したいと願いました。

おわりに

普段、私は、ぐうたら村と保育園を行ったり来たりしています。ゆったりと時間が流れ、私だけではない多様な生命の息遣いが聞こえてくるぐうたら村で、多様な生命と繋がる感覚を持ちながら、ワークに夢中になります。心と身体がほぐれ、私の中の何かが反応して、動き出します。日々のあれこれを俯瞰して見渡してみると、なかなか掴めずにいたもやもやに光が差したり、閃いたり、腑に落ちることがあります。そして、保育園でともに暮らす子どもたちや息子に思いを馳せます。

「暮らしは、そもそもおもしろい」のです。暮らしから生まれる学びは多様で、私の魂がおもしろがる方へ誘われ、日々の、季節ごとの体験を重ね、勘どころや塩梅、技術を磨いて修練を重ねる…これは言い換えれば、自分が何を知りたくて、何がおもしろくて、自分の命が何によって輝くのか、己を知ることである…

「そもそも学問は、突き詰めていったら、自分を知るためにやっている」ぐうたら村村民大楽「人間学」で汐見先生が仰った言葉です。過去現在未来を生きる私の学びは、まだまだ続きます。